FATBOYと犬の生活

[第六話] オハナ目線の震災

FATBOY家に住んでいる犬のお話。ハワイには毎年行けませんので、犬で夫婦の癒しに変えてみたり......


 僕OHANA(犬種:イタリアングレーハウンド 性別:♂ 2006年12月31日生 色:フォーンホワイト)です。
あの時僕は寝ていた.........何時もの様に

北海道民芸家具凶器となる 微かに判る地震の後(白く見えるのは割れた食器類残骸)
僕はコレで命が助かりました。(止めたい時の禁煙○イポ風)

 オハナ目線で震災を語る。

 皆さんこんにちは、僕オハナです。
僕3月11日午後2時46分、大きな地震に遭遇しましたが生きております。
FATBOYと三蔵法師と僕とFATBOYのおじいちゃん達と三蔵法師のおじいちゃん達と全て存命です。
 あの時、僕は一人で留守番をしていました。まあ何時ものことなので両親が出勤するとダラーっとして半日は寝ています。共働き夫婦の子供である僕は、世間で言う鍵っ子っというやつです。
あの日あの時間が来るまでは何時もの平日と変りませんでした。僕はあの地震が発生した時間FATBOYの親(男親)が散歩に連れ出してくれる時間なのですが、あの日に限ってまだ到着していませんでした。前回の第伍話でも話題にだしましたが、僕はこの季節キューブハウス(以下『ハウス』という。)がマイホームです。ハウスの中は犬用の電気アンカが入っていてそれはもう快適です。
唯一の難点は構造上外側がフニャフニャしていることです。僕がハウスによじ登るとペシャンコに潰れてしまうほど脆い構造です。僕の両親はこの難点を克服すべく、ハウスを購入後ハウスを囲む囲いを別注でこさえてくれました。この別注の箱はかなり頑丈です。見た目は結構華奢ですが、白い天板部分は僕が乗っても三蔵法師が腰掛けてもビクともしません。(FATBOYが座れば多分木端微塵)ここに乗りエレクターの上にある僕のおもちゃ類を自ら取ることに重宝しています。また、廊下にこれを置いて飛び越えたりするのにも使えます。

 三蔵法師もFATBOYもあの地震を自宅以外で経験したわけですが、飼い主である私が自宅についたのは翌朝、三蔵法師が自宅に着いたのは地震後7時間後でした
私も三蔵法師もオハナが無事であると云うことはまず無いだろうと感じていました。そう感じるほど凄い地震であったからです。オハナのハウスの脇には北海道民芸家具がありました。その家具は自宅の梁部分に高さを併せて注文した家具であったため、倒れることは無いと思っていたのですが食器類は散乱しているに違いないと思っていたからです。
人間である私たちでさえ凄いと思えた地震ですから、小さい体で臆病で神経質なオハナにとっては恐怖の何物でもなかったと思います。
 通信手段が寸断され携帯電話の機能も殆ど役に立たなかったあの日、三蔵法師が漸く自宅にたどり着き玄関に入っても犬の鳴き声がしなかったと言います。普段オハナが過ごしている居間の状況を目にした時、『ハウスの片隅にお座りの姿勢でただただ震えていて、多分張り裂けんばかりに叫んでいたと思われるほどその第一声の鳴き声が擦れていた』そうです。

 僕ら夫婦にとって両親の無事は勿論のこと、OHANAは名前の通り掛け替えの無い家族の一員なのです。
両親も姉も義理の両親も皆一人で乗り切ったオハナの事が心配でなりませんでした。彼が無事であることが分かった時でました。

 愉しい時も苦しい時も悲しい時も苛立つ時も、彼が側にいるだけで気持ちが落ち着きます。
OHANAはそんな存在の犬です。

 今回の震災で僕ら夫婦や両親には、大きな被害はありませんでした。
たまたま僕らが住んでいる青葉区の地域は旧市街地だったからかもしれません。しかし、仙台市内でも若林地区や宮城野区の海側の地域では凄い被害が発生しており、今回の震災で家族を失った人々や家族同然の動物を失った人々など多数おります。

僕らは多分運が良かっただけにすぎません。僕も仲間や取引先の人々を失っております。
前を向いて歩く事がたまには辛いことがありますが、とは言え何時までも悲しいことばかり背負ってもいられません。

何事も無く暮すことは難しいことですが、今回の震災をまた新たな教訓として活かしたいものです。

 2011年5月5日、FATBOY・三蔵法師・OHANA がんばる

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